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裕次郎はえらかった。 [読書]

熊井啓「黒部の太陽 ミフネと裕次郎」を読んだ。

「黒部の太陽」(1968年)は「黒四ダム」建設の苦闘を描いた超大作映画である。
映画は幾多の困難を乗り越え完成。大ヒットしたが、実際のダムの
建設と同じく、映画の完成までには大変な苦労があった。
熊井啓監督が、その全貌を自ら明かした本だ。

その頃、既存の映画会社は、松竹、東宝、大映、東映、日活の5社が、
申し合わせを行い、他社の作品には出演させないなどして、スターたち
の自由を封じ込めていた。
不満を持った俳優は映画界から追放されてしまう。
裕次郎たちは自由を取り戻すべく、果敢に戦うことになる。
「どうして作りたい映画を自由に作っちゃいけないんだ!」、と。

映画は、初公開から38年たった今、完全版の再上映も
DVD化もされていない。
小学校の時、そろばん塾のみんなと1回、両親ともう1回見に行った。

当時裕次郎32歳、三船敏郎47歳、中井景(プロデューサー)43歳、
井手雅人(脚本)44歳、そして熊井啓36歳。
みんな若い!そしてみんなスケールがでかい!
この若さで、初志を貫き、明るくみんなを引っ張った裕次郎は
えらかった。
ただのスターじゃなかった。
そして三船敏郎は世界のミフネだった。

敢然と「五社協定」という姿なき怪物に立ち向かった男たち。
金儲けではなく、夢と志という大義(これこそ大義だ)のために戦った人たち
の記録である。

ぜひもう一度上映して欲しい。

黒部の太陽

黒部の太陽

  • 作者: 熊井 啓
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/02/19
  • メディア: 単行本


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北京のセールスマン [読書]

アーサー・ミラーが、去る2月10日に亡くなった。89歳だった。

彼が1983年春に北京で「セールスマンの死」を上演した時の日記
をもとにして書いた「北京のセールスマン」を読みかえした。

文化大革命のすさまじい荒波をくぐり抜けてきた中国人(俳優)達と、
一人のアメリカ人との"魂の交流の旅"の記録である。

本の結び近く、いよいよ本番前の様子を彼はこう書いている。

 楽屋を訪ねると、俳優たちはメイキャップの真っ最中だ。それを見ていて、
芝居に生きる人間はどこも同じだという思いを新たにする。俳優は初めは
お手あげの状態でこっちに頼りきっているが、次第に成長して力を感じる
ようになり、しばしば演出家や作者に反抗し、最後には大人になってまる
で自分で自分を作りだしたかのように、世界に対決する。かつては親のよ
うに私を慕ったのに、今では殊更に大きなジェスチュアで親愛の情を表す
ほかない。もはや指導者を必要としないからだ。大事なのは結髪であり、
眉やネクタイや指の爪や、歯である。今や私は子供の頃の彼らにピアノの
弾き方を教えた親切な叔母さんといったところで、会えば大喜びするが、
去れば去ったで大喜びなのである。
 まあ、それでいいのだ。(文中より引用)

一人の偉大な芸術家が、またいなくなってしまった。


北京のセールスマン

北京のセールスマン

  • 作者: アーサー ミラー
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1987/11
  • メディア: 単行本


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