京の旅① 世界遺産 平等院・宇治上(うじがみ)神社 [旅行]
三連休の初日、久々に京都に日帰りで行ってきた。
名古屋から新幹線で30分の近距離ながら、なかなか行くことができず
昨年の紅葉以来8カ月ぶりに訪れた。
まずは宇治へ行く。
京都からJR奈良線みやこ路快速に乗り換え17分。
宇治川を越え、宇治駅に着いた。
宇治茶で知られる街らしく、駅前には茶壷のポストが。
鳳凰堂を模したような駅舎。 歩くこと10分、平等院の入り口に着いた。 平等院は、平安時代後期・11世紀の建築、仏像、絵画、庭園などを今日に伝え、 「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。 1052年に藤原頼通(道長の子)が寺院として開いた。 屋根の鳳凰が素敵で、10円玉の表のデザインで有名だ。 しんとした中に1000年前の建築物が目の前にある。 1000年のときが流れている。 鳳凰に心ひかれた。 国宝の雲中供養菩薩像も楽しい。
そして、近くにある宇治上神社へと向かう。
宇治上神社は、1994年12月に「古都京都の文化財」のひとつとして、ユネスコの世界遺産に 登録された。 流造(ながれづくり)という、屋根が反り、屋根が前に曲線形に長く伸びて向拝(こうはい、庇)と なったものが、いまでは全国で最も多い神社建築であるが、宇治上神社は現存最古の流造 であるそうだ。 ちょうど婚礼が始まるところだった。 世界遺産で結婚式とは、めでたいですなあ。 雨に降られず良かった。 汗をふきふき、京阪電車の宇治駅から伏見稲荷へと向かった。 |
熊野古道 時の響きコンサート [旅行]
新宿ゴールデン街、Bar十月の主催「熊野、時の響きコンサート」ツアーに
参加してきました。
私は名古屋からでしたが、東京から50人くらいやってきて驚きました。
名古屋から紀勢線、尾鷲駅まで約2時間半。
一気に漂う遠いところまで来てしまった感。
バスで熊野古道、馬越(まごせ)峠越えルートの入口まで行き、そこから杖を借りて
登り始めました。
歩きだしたら、降っていた雨もやみ、石畳が濡れていい感じなのだが、すこぶる滑り
やすい。
ひたすら足元を見ながら歩きつづける。
時折足を止めて周りを見渡せば、水をたくさん吸ってそびえたつ巨木と生い茂る
シダ類の緑が美しい。
古代より旅人達が踏みしめて硬くなった足場をさらに踏みしめて、またひたすら歩く。
ふもとに近くなって、尾鷲の町が目の前に広がった。
二時間半の山道は、マイナスイオンを体いっぱいに浴びて、古代の人々のパワーを
ちょっぴりいただいたようでした。
そして、迎えのバスでホテルにチェックイン。
コンサート会場の熊野古道センターへと向かう。
ここは、檜や杉などを釘を使わずに作られた建物で総額26億円!
コンサートの前に近くの風呂で汗を流してサッパリした。
続いてコンサート会場へ。
河村典子さんのバイオリンと白土文雄さんのコントラバスのコンサート。
河村さんはバッハの無伴奏を100回引くという行脚を続けておられる。
素晴らしいコンサートだった。
楽器と人が、そして観客が一体となり、豊かな表現力、見事なコンビネーション、
情感あふれる演奏で、会場は熊野の木々と感動に包まれた。
打ち上げは総勢80人で大盛況。
熊野古道センターの設計者Hさんをはじめ多士済々の人たちと、地元の人たちも
加わり、一緒にワイワイガヤガヤ。
地元のさんま寿司、刺身などの料理で満腹。
そして2次会へと街へ繰り出しました。
翌日は各自自由行動。
我々は熊野本宮大社へ行きました。
尾鷲から45分。
新宮駅に着き、そこから山道をバスで約1時間。
新宮。
ここは中上健次が生まれたところ。
熊野は伊勢とはまた違って、もっともっと原始的なものを感じました。
帰りのバスの中で、薬草弁当をいただく。
そして新宮から名古屋まで3時間45分。
やはり熊野は遠いところでした。
しかし、また行ってみたい。
今の日本とは違う、もともとの日本という「クニ」を漠然と感じました。
そして名古屋に着き、手羽先とビール。
みんなで旅の終わりを締めくくったのでありました。
お疲れ様でした。
ようやく中上健次を読みたくなりました。
瀬戸 窯垣の小径(かまがきのこみち) [旅行]
風邪をひいて、二日ほど寝込んでおりました。
インフルエンザではなかったので、なんとか大汗かいて回復
しました。
さて、先日呑亀さんが来たので、友人の案内で瀬戸へ行ってきました。
長久手の愛知万博記念公園を通り過ぎ、瀬戸市へと入る。
窯垣とは、陶磁器を焼くときに使ったエンゴロ(甕のようなもの)、ツク(支えの棒)、エブタ
(四角く平べったい陶器)を使って、昔の職人たちが作った塀や壁のこと。
美しい幾何学模様を織りなし、まわりの緑と調和している。
窯垣の資料館。
お風呂場に使われた陶器のタイル。
1300年以上、営々と焼物が作られ続けてきた。
しばらく歩いて、洞(ほら)という地区の登り窯(今は使われていない)を見る。
土曜日なのだが、まったく人気(ひとけ)がない。
近くの工房で、七代目水野半次郎さんのアトリエを見学する。
息子さんが案内してくれたが、瀬戸の現状はなかなか厳しいものが
あるということを聞いた。
柳宗悦らの民芸運動も今は昔。
派手さはないが、使う人の立場にたって作られ続けた瀬戸物もいつかは
消えていってしまうのだろうか。
静かな町を歩きながら、ちょっとさびしい気持ちになった。
でも、静かでいいところでした。
成田参詣 [旅行]
町内会(東京)の、恒例成田参詣バスツアーに行って来ました。
江戸川からバスで1時間ちょっと。
9時前だったのだまだ人も少なかった。
額堂。↓
いろんなお札や絵馬が奉納してある。
土産物屋をぶらぶらとひやかす。
竹細工、日用雑貨の藤倉商店。
亀の子たわし。 ↓
参拝を終え、バスは光あふれる南房総、野島崎灯台近くの白浜へ。
太平洋じゃあ!
天気がよく、久しぶりに海を見て気分が高揚!
ずーっとむこうは、オーストラリアか!?
アロエの赤い花も咲いておりました。
続いて、鋸山のふもと金谷港へ寄る。
鋸山。↑
房州石をたくさん切り出したため、山がのこぎりのようになっている。
金谷港。↓
海の向こうは三浦半島。東京湾をはさんで。11キロの近さ。
フェリーで35分だそうだ。
そして、夕日を浴びながら海ほたるを回って帰ってきました。
海の向こうは横浜。
そうだ 京都、行こう [旅行]
というわけで(←何が?) 京都に行ってきました。
昨日は天気もよく、紅葉の一番見ごろ、しかも連休中日とあって、
大混雑が予想されますが、京都の友人に相談して穴場を探して
もらうことにしました。
名古屋から京都まで新幹線で30分ちょっとです。
新幹線に乗って、座ったら目の前にこれです。
そうだ、そうだ、紅葉だ!
京都駅に着くと、ただならぬ表情で友人がホームに待ち構えていました。
とんでもない大混雑で、道は大渋滞。東山あたりはとても歩けないので
北のほうに行こう、と。
そういうわけで、地下鉄烏丸線に乗り、終点の国際会館駅に向かい、
そこからタクシーで(800円)岩倉の実相院へ行きました。
よく晴れていて、比叡山がとてもよく見えました。
実相院は門跡寺院(天皇家の血筋を引く方々が住職をつとめる格式の高い
お寺)で、岩倉具視なども一時期住んでいたことがあるようです。
やはり混雑していましたが、同じ木でも緑からだんだんと赤くなっている様
のもみじを見て次第に気分が高揚してきました。
ハイヤーの運転手さんにくっついていって、いろんな説明を聞かせて
いただきました。
紅葉は座ってみるものだ。庭だけを見るのではなく、部屋の中から
見て、借景を楽しむものだ・・・・・・云々。なるほど。
日本の秋ですなあ。
ハイヤーのお客さんの「さっき行った円通寺のほうがよかった」との
言葉を、我々は聞き逃さなかった。
ならば、行かねばなるまい。どこにあるかはよくわからないが地図で
見るとすぐ近くの円通寺まで、タクシーで移動した。
誰がお乗りになっていたのか、無造作に吊るされていた籠。
たしかに、ここは静かで人も少ない。
後水尾天皇(108代;在位1611-1629)の離宮跡だそうです。
ここの、借景庭園は見事だった。
写真ではよく写っていないが、正面に比叡山の美しい姿が見える。
西陽を浴びた比叡山が、緑から、茜色、そしてだんだんと影が
濃くなっていく。
すばらしい眺めだった。
時を忘れて、しばし眺めていた。
ここから国際会館駅までは15分くらいだ、とタクシーの運転手さん
に聞いたので、歩いていく。
だんだん人里に近づく感じ。
大根の葉がたいそう茂っていた。
30分以上歩いて国際会館駅に着く。
日も暮れてきて、夕食をとり、夜は夜で各寺院でライトアップをしている、
というので、用のあった友人と別れ、一人で知恩院に行ってみる。
知恩院の隣の青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)の門前にあった巨木。
各寺院は競って、ライトアップをしているようだ。
知恩院にたどりついたが拝観料が800円なので、門前でそうなんだ、
でもここまで来たらしょうがない、入ろう、と思っていると、知らない方から
「入りますか?」と声をかけられ、2人で入れる招待券があるので一緒に
入りましょうといわれ、入れてもらう。
その方は、さっといなくなった。後姿にお礼を言って、ありがたく入場!
知恩院ははじめて来たので、三門(国宝)に感動。
巨きいなあ!迫力に圧倒され、階段を下りたり、昇ったり、あちこちから眺める。
鏡のようになっている池に写った紅葉や観音像が、夜の闇の中に浮かび
上がり、幻想的で美しかった。
そして、心地よい疲れを感じながら名古屋へと戻ったのでした。
目の奥には、いまも紅いもみじの色が焼きついています。
伊勢・志摩のたび ~神宮徴古館・内宮 [旅行]
外宮からバスで内宮に行く途中に、神宮徴古館がある。
徴古館は、神々が宿る国、日本の文化を展示する「歴史と文化
の総合博物館」と伊勢出身の呑亀さんから聞いていたので、
途中下車して寄ってきました。
少し歩いて行くと、ひと気がなく、不思議な空間があった。
↓ 宇宙との交感の場か?
↑ 庭園はシンメトリーでなぜか西洋っぽい。
中には、伊勢神宮のなりたちや古代の衣装、道具、内宮の模型、儀式の道具など
貴重なものがたくさん展示してあった。
むむむ・・・古事記、日本書紀をもう一度読めってか・・・・・・。
神話に隠された、国の成り立ちを探るという意味でも、古代史をもう一度
勉強してみたいね。
となりに美術館もある。
広い庭園の中に、寄贈された、さまざまな芸術家の作品が展示してある。
時間に余裕があると、のんびり過ごせていいところかもしれません。
時間がゆっくり流れておった。
なぜかカラスがあちこちにいた。
↑ 書庫
↑ 内宮へ続く道
そして、バスに乗って内宮へ。
だんだん気温が上がってきた。
五十鈴川にかかる宇治橋を渡る。日常から神聖の世界へと渡っていく。
五十鈴川で手を洗い、身を清めて参拝した。
神の使いと言われる尾長鶏。
外宮、内宮とまわり参拝を済ませたところで、
おかげ横丁!
飲み食い、買物は昔々から参拝とセットになっとるね。
そうでなきゃ、やっとられんものね。
赤福は見事に復活しておった。
赤福氷の前に黒山の人だかり。
岡田屋は混んでて入れなかったので、近くの中井屋にする。
伊勢うどん。だしではなく「たまり醤油」のようなものがかけてある。
うどんはモチモチしている。やさしく腹にたまります。
あまりに暑いので、五十鈴茶屋で涼む。
川沿いに建つこの喫茶店は、静かで涼しくて、川の流れをしばし眺めて落ち着いた。
五十鈴川駅までまたバスで行き、近鉄電車で賢島(かしこじま)へと向かう。
駅のホームで、電車を待っていると井上陽水の「少年時代」が頭の中に流れ出した。
そんなのどかな風景。
そして、急行で約50分。
電車は賢島駅に着いた。
伊勢・志摩のたび ~お伊勢参り [旅行]
名古屋で初めての休みを利用して、伊勢・志摩へと行ってきた。
まずは、日本のスピリチュアル・スポット伊勢神宮から。
名古屋発八時十分の近鉄に乗って、九時四十分頃伊勢市到着。
駅前の参道を歩いて、外宮(げくう)へ。
まだ、人通りは少なかった。
伊勢神宮には昨年9月以来、二度目になる。
樹齢何百年もの木々が、変わらずそこに立っていた。
大須 ~名古屋 その3 [旅行]
打合せが終わったので、友人と大須へ行った。
(仕事のことはあまり書けないことが多く、いろんなところに行ったことばかり
を書いていると、ずっとそんなことばかりやっていると思われるのだが、
そのとおりなんです。 あくまでも仕事の合間なんですよ。)
ここは、大須観音の門前町で大須演芸場もあり、浅草のような雰囲気の町だ。
トヨタの工場で働くブラジル人が多いためと聞いたが、商店街にサルサやレゲエ
が流れ、ブラジル人が働く店が何軒かあり、十数年前に故東野英心さんと立ち
寄ってビールを飲んだ店が残っていて、しばし休憩した。
当時を思い出して、懐かしかった。
古着屋や食べ物屋もたくさんあって、こういうところは下北沢のようでもある。
(雰囲気がわかるように東京のスポットに比べているので、ご容赦ください)
その後、大須演芸場に行った。
ここは知る人ぞ知る演芸場で、何度も閉鎖の危機を乗り越え、オーナーの心意気
で存続しているそうだ。
古今亭志ん朝はその心意気に感じ、亡くなるまでここで年に一度独演会をやっていた。
ずっと行ってみたかったのだが、念願かなって行くことができた。
客はご覧の通り、10人しかいなかった。
出演者と客が、一人一人交流することができた。
二回公演だが、入れ替えなしなので、朝からずっといるおじいさんもいた。
大変かもしれないが、ずっと残っていてほしい。
また行きます。
名古屋篇 終わり。
※なぜ、最近名古屋に行くことが多いのかは、いずれ明らかになることでしょう。
高原でバッハを聞く会 [旅行]
最近、新宿ゴールデン街の「十月」というバーに行くようになったのだが、そこの
ママのかずこさん(亡き母と同じ名前!)の人柄にひかれて、様々な人たちが
夜な夜な集まってくる。
その「十月」の主宰で、「高原でバッハを聞く会」という1泊温泉付きバスツアーに
参加してきた。
なぜ、高原でバッハで、ゴールデン街なのか、というと・・・・・・。
(この先いろいろ書いていて、もうそろそろ終わりだ、と思って、念のため下書きに
保存だ。と思ってクリックしたら、変な風になって、消えてしまった!・・・(ε-(;-ω-`A)
フゥ… )1時間が無駄になった!・・・・・・気を取り直して・・・・・・。
ツアーには総勢約50人が参加。
歌舞伎町を出発したバスは、休憩をはさんで約三時間で目的地の那須高原に
着いた。
開演まで、時間があったので近くを散策。
ここらは開拓地で、かつては石ころがゴロゴロしていて、風が強く、水もなく、先人たちが
大変な思いをして切り開いた土地だそうだ。名残の防風林や土塁が残っていた。
さすが、高原。桜が今満開だった。
それにしても今年はたくさんの桜を見る。・・・っていうか、あちこち行ってるって事か・・・・・・。
ようやく開演時間が迫ったので、ホールへと向かう。
煉瓦造りの北欧風(行ったことないけど)の綺麗なホール。中にはいると石造りの
柱などこの土地の特色を生かした作りで、荘厳な中にも落ちつきのある客席だった。
バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番」「ヴァイオリンと通奏低音
のためのソナタ・ホ短調」の二曲の演奏が終わり休憩となった。
休憩のあと、ヴァイオリンの河村典子さんがお話しをされた。
彼女はチューリッヒを拠点に活動されているヴァイオリニストなのだが、この方は
2006年から100回連続でバッハ無伴奏をプログラムを演奏する「ヴァイオリンひとり」
という全国行脚をなさっていて、この方は、なんと10人くらいしかお客の入らない
「十月」で、そのうちの一回を演奏なさったのだ!
そのことを聞いたある建築家のお客さんが、自分の設計したホールで演奏会を開いたら
どうか、ということから、話が進み、今回の那須塩原にあるホールでの演奏会となった。
というお話をされた。今回で50数回目だそうだ。
そうだったのか!ようやく、なんで「高原でバッハ」なのかわかった。
ときおりピアノの伴奏(上尾直子さん)もあるコンサートは素晴らしく、バッハの他にも
親しみのある曲を生で聞くことができ、ヴァイオリンの音色が高原に響き渡るようで、
ゆったりとした時間が流れていった。
なにより、どこでも演奏するぞ!と言う河村さんの心意気に打たれた。
そして、みんな満足して宿へ行き、温泉!!宴会!!
河村さんや上尾さん(とっても気さくなお二人)も参加して、和気藹々と夜は更けていった。
部屋はスペイン語やラテン文学の先生方と同室!(マルケス!プイグ!)
ロルカや詩人たちの貴重なお話をたくさん聞かせていただき、もう満腹、満足でした。
翌日は、近くの4月15日にオープンしたばかりのサッポロビール工場を(ちょこっと)見学、
(もちろん)ビールをいただいて、新宿に帰ってきました。
新宿の街は、初夏の陽気でにぎわっておりました。
小田原の老舗 [旅行]
歴史ある城下町小田原は、かつて東海道で一番の宿場町であった。
ということで、いろんな老舗が目に付く。
↓ まずは、歌舞伎十八番「外郎売」(市川家に代々伝わる)でとりあげられた「ういろう」。
お菓子も売っているが、「ういろう」とはもともとは動悸、息切れのときに飲む薬。
今でも売っている。
よく芝居のレッスンで「外郎売り」の口上を使っていたのだが、恥ずかしながら、今でもあるとは
知らなかった。
↓ 「外郎売り」の中で「八方が八つ棟 表が三つ棟 玉堂造り(はっぽうがやつむね おもてが
みつむね ぎょくどうづくり)」といわれた、御殿風の門構え。
ちゃんとその通りにあった。
知りませんでした。団十郎さんごめんなさい。
気を取り直して、東海道を江戸のほうへ行く。
ここらは、正月の箱根駅伝の小田原中継所のあたりだ。
↓ 漬物、梅干の「ちん里う」。
前を通っただけ(^▽^;)。
↓ 海のほうへ曲がっていくと、練り物、干物の「籠清(かごせい)」がある。
老舗な感じ。
いわしちくわ、塩から、エビのつまみしんじょなど、安いものだけを買う。
高いものは今日はいらない(-。-;)
↓ 国指定重要文化財の日本料理屋「だるま」
高そうだったが、その日はサービスなのか天丼が1,000円と書いてあったので、入ろうとするが
満員で断念。残念(ノω・、)
小田原という町には、箱根や熱海に行くときなどに、チョこっと降りたことがある程度で、こんな
に歩いたのは初めてだったが、穏やかで、いたるところに歴史が感じられていいところでした。
文化も大事にしているように見受けられた。
鎌倉に通じるような・・・・・・。
海も近いし。また行って見たいところだ。